プラチナ買取への驚きと期待

スーツの形はオーソドックスなものが多く、素材やボタン、ジュエリーなどで華やかさを出すのがミラノ流。
彼女たちはゾロゾロ、テレテレしたフォーマルを嫌う。カチッとした仕立ての良いスーツに、いつもより少しヒールの高いパンプスといったフォーマルの在り方は、私自身とても参考になった。
フォーマルというとつい頑張りすぎてしまい、何かをプラスしてゴテゴテ飾り立ててしまいがちである。あるいは、非日常性を意識するあまり着慣れないテレッとした素材を選んでぎごちなくなってしまう。
カッチリとしたスーツとアクセサリーだけのシンプルなフォーマルは、現代的で知的なおしゃれに感じられた。いつもの着なれた、無理のないスタイル。
基本に素材をやや上等な、華やかなものにする。靴とバッグは正統的なフォーマルのものを用意するが、アクセサリーはつけ過ぎず、ワンポイントで存在感のあるものをシンプルに。

自分なりに分析したそんなマニュアルに従って考えていくと、まず着慣れたデザインということでパンツスーツを思いついた。当時の私にとって、膝を打ちたくなるアイディアだった。
それまでフォーマルな装いというと、どことなく自分らしくないものを感じていたからだ。服が決まらないから、たまにあるパーティに出席するのもためらわれた。
パンツ、そう私はパンツでフォーマルすればいい。黒のバックサテンでできた丈の短めのジャケットと幅広のパンツのセットを買った。
上着の前立てには金のブレードがついていて、程よいフォーマル感を出す。インナーにレースの“ボディ”を着ればスカラ座やパーティに、もう少し控えめなシルクの黒のタンクトップでディナーに、とそのスーツは何年間も大活躍した。
彼女たちを観察することによって私自身のフォーマルの方向性も少しずつ決まっていった。イタリアという国は、生活を楽しむといったことがごく普通に、日常的に根付いているところである。
そのひとつは、生活の時間帯にめりはりがあるということだ。たった1週間の旅行者であっても、めりはりのある時間の過ごし方が細胞を生き生きとさせ、リフレッシュさせてくれるのがわかるのである。
朝は早起きして、家の近くのカフェで立ち飲みのカプチーノを飲んで仕事に出かけ、昼間は紺のジャケットにパンツできびきびと立ち働く(旅行者なら、ショッピングや美術館巡り)。夕方、いったん家に帰って一息つき、シャワーを浴びる。
それから楽しい夜が始まる。今も、フォーマルといえばパンツスーツと決めている。仕事にも着るシンプルな黒のスーツも、インナーやバッグを替えて盛装の席にも出る。

ふだんの服の延長線上で考えることによって“自分らしさ”を失わない、賢くリラックスした盛装術である。徹底してこだわる「着る側」主導型の買い物術なのだと思い至った。
買い物をするときからすでにおしゃれは始まっている。「自分らしさ」の核がなければブラウス一枚買うことはできない。
欲しいものは何か、が決まるまで店の扉は開けない。私は以前、知人にこう聞かれたことがある。「あなたは文化や伝統が嫌いなのですか?」と。ヨ−ロッパの一流ブランドは、日本に置き換えるとたとえば「龍村」の帯、「千総」のきものである。
「象彦」の漆に「有次」の包丁なのだ。そこには長い、気の遠くなるほどの時間、積み上げられてきた職人たちの技術の足跡がある。
人の血の通った、知恵と努力と工夫が語りかけてくる。「ブランド」という言葉には相反するふたつのイメージがあるのではないだろうか。
高価だけれど素敵なものともうひとつは、成金趣味、マーク欲しさに買う愚かな人たちのためのもの、空虚な賛沢品。ブランドなんかに頼らない方がずっとおしゃれだなど、どちらも当たっているが当たっていない、と私は思う。
ブランドと聞いただけで拒絶反応を起こし、目をそむけようとする人に私はこんなふうに思うのだ。また、ブランドを築きあげてきた職人たちの血を絶やさないようにしてきた経営者たち、一流といわれるものに金と助言を惜しまないパトロンと顧客たちの存在も欠かせない。
SでもLでも、その歴史をひもといてみれば、そこには必ずこうした人々の三者三様のドラマがある。ブランドは「モノ」の前に、まさしく「人」、人の手が作り上げた文化なのだと思う。

日本の「龍村」や「有次」を「ブランドなんて」と揶揄する人はいないのに、ヨ−ロッパのそれにある種のマイナスイメージがあるのは、洋装の歴史のないこの国にブランドが輸入されたとき、とても片寄った形で翻訳されてしまったということではないだろうか。時はバブル時代、生まれて初めて見る世界中の一流品に、日本人の目が、モノの表面しか見ることができなくなったのも、仕方がなかったことなのかもしれない。
ブランドが成金趣味なのではなく、受け手側こそがそうだったということの証だろう。確かにヨーロッパにおいてブランドが誕生した背景には“クラス社会”というものがある。
王侯貴族たちが金にあかせて欲したところに、芸術ともいえるほどの素晴らしいものが生まれたのだ。フランスでもイタリアでも、一般の人々はほとんど一生ブランドと無縁の生活を送る。クラス社会は、クラス間の相互交流というものがない。
だから上の階級の人が下を見下すこともないし、下から上を見上げて、いつかああなりたいと願うこともあまりない。ブランドを持つ生活をする人は、たとえば帰宅して上着を脱いだら、どこかに置かれることなくヒラリと使用人に受けとめられて、そのままアイロン室に持っていかれるといったような暮らしをしている人々であった。


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